2014年12月30日

フレディ・マーキュリー

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 ロックバンド、クイーンのボーカリスト。

アフリカ生まれ、インド育ち
 1946年11月24日にタンザニアのザンジバル島で生まれる。
 その後、インドに移り、そこで幼少期を過ごす。
 両親はペルシャ系のインド人。
 本名はファルーク・バルサラで、インドの町バルサークに由来する。
 本人はインドで育った事は隠したがっていたらしい。

音楽少年
 7歳でピアノを始める。
 その後、ロックバンドを始め、ピアノとヴォーカルを担当。
 当時から天才少年で、ラジオで聞いた曲を楽譜無しでピアノで再現する事ができたらしい。
 ギターに関しては大人になってからも人並み程度の技術しか持っていなかった。

下積み時代
 学校を卒業後は古着を売ったり、空港で働いたりしていた。
 いくつかのバンドにも関わったが長続きはせず解散。
 クイーンに参加後も古着屋を経営したりしていた。

歌声
 声域は4オクターブとも言われており、どんなジャンルでも歌いこなせた。

作曲者として
 クイーンの有名曲の多数を作曲。
 一つのジャンルにこだわらず、様々なジャンルの要素を積極的に取り入れた。
 ほとんどは実在の恋人に対してのメッセージだったらしく、そういう風に思って聞くと、全く違うイメージに感じる曲も多かったり。
 PVなどは過激過ぎて、他のメンバーがひいてしまっている場合もしばしば。

ライブパフォーマンス
 ライブパフォーマンスにも定評があり、後のミュージシャンに多大な影響を与えた。
 特にライヴエイドでの72000人を相手にしてのパフォーマンスは伝説にもなっている。
 基本的にタイツや上半身裸など露出度は高め。

性癖
 ゲイのイメージが強いが、結婚もしており、実際はバイセクシャル。
 老若男女交えての乱交パーティーなどもよく行っており、性に関してはオープンかつ旺盛。
 クイーンというバンド名にもその影響は少なからず及んでいる。
 巨根であり、タイプはマッチョな男。
 自分好みのタクシー運転手を見つけたらすぐに追いかけたりと、常に積極的。
 愛が無くてもセックスでき、お気に入りの男性には女の子の名前を付けていた。
 カウボーイハットをあそこに引っ掛けて部屋を歩きまわる癖もあったとか…?

愛猫家
 猫が大好き。
 飼い猫であるディライラのために、デライラという曲も作っている。

親日
 日本にもお忍びでよく来日していた。
 骨董品が好きで伊万里焼のコレクター。
 ロンドンの自宅には日本庭園まで設けていた。
 新宿二丁目にも行き着けのバーがあり、日本人の愛人もいたらしい。
 来日時には「つぶつぶオレンジ」をよく飲んでいたとか。

HIV
 40歳前後の時にエイズにかかる。
 長らく公表しなかったが、徐々に痩せ、ツアーにも不参加が続き、マスコミにエイズだと騒がれる。
 そして、マスコミの前でカミングアウトした翌日にエイズによる気管支肺炎で、45歳という若さでこの世を去る。

ジム・ハットン
 1984年からバーでナンパしたジム・ハットンと交際。
 それまでは色んな人を相手にしていたが、ジムと出会ってからは落ち着き、ジムはフレディの最後の恋人とまで言われている。
 ちなみにジムは男。
 ジムはフレディからHIVに感染するが、フレディには知られない様に最後まで隠していた。

マイケル・ジャクソン
 マイケル・ジャクソンとThere Must Be More To Life Than Thisという曲でデュエットする予定だったが、マイケルはレコーディングにチンパンジーのバブルスを連れてきて、何度もバブルスに意見を聞いたりしたため、フレディーは激怒。
 曲が未完成のまま、ロンドンに帰った。
 There Must Be More To Life Than Thisはその後、ブライアン・メイとロジャー・テイラーによって30年後に発表された。

売り上げ
 クイーンの売り上げは全世界で3億枚とも言われている。
 アルバム「グレイテスト・ヒッツ」はイギリスで最も売れたアルバムであり、アルバムチャートの登場回数はビートルズを越える。

パロディー
 その強烈な存在感から、様々な漫画にフレディーをモチーフにしたであろうキャラが登場する。


posted by 偉人マニア at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 男性歌手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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