2017年02月26日

左慈

 中国後漢時代末期の方士。字は元放。烏角先生とも呼ばれる。

仙人
 三国志時代の人で、峨眉山で30年もの修行をし、石壁の中から遁甲天書を手に入れ、方術が使えるようになったらしい?
 以下、普通に考えればありえない逸話ばかりだが、少なくとも左慈という人物が存在した事は確からしい。

風貌
 片目が潰れており、片足も不自由。
 青い衣類を身につけ、老人の風貌で300歳を自称していたらしい。

左慈の伝
 後漢書によると、曹操が魚を食べたいと言うと、水をはったお盆の中から魚を釣り上げ、蜀の生姜が食べたいというとふらりと出かけ、すぐに持って帰ってきた。
 それにより曹操に気に入られるが、勝手に曹操の部下に酒と干し肉を配り、曹操が出所を怪しみ調べると町中の酒と干し肉が消えていたため、怒りをかってしまう。
 そして、曹操から逮捕を命じられると壁の中に消え、その後、市場でその姿を見かけられたので行ってみると、市場の人が皆左慈と同じ姿、形であったらしい。

三国志演義
 三国志演義によると、曹操にみかんを運んでいた人が道中で重いと愚痴をこぼすと、方術を使って荷物を軽くしたらしい。
 曹操がそのみかんの皮を剥くと中身は空だったが、左慈が剥くと果汁が滴る程の果肉が溢れていたとか。
 その事で曹操に興味を持たれ、酒や食べ物を与えられるが、羊1頭をぺろりと平らげ、酒を五斗飲んでも全く酔わず、逆に曹操に対して、引退し劉備に天下を譲る事を勧めたため投獄される。
 しかし、拷問しても全く苦しまず、飯を与えなくても元気なまま。何度、鎖をかけてもすぐに外してしまう。
 最後は鶴に化けて投獄。
 曹操は手配書で左慈を探させるが、同じ顔の左慈が何百人も見つかり、その全員の首をはねる。
 すると切られた首が煙になり天に昇り、残された死体が曹操に襲い掛かり、これにより曹操は病に伏した事になっている。



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posted by 偉人マニア at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 奇術師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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