2013年11月03日

ウィルト・チェンバレン

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伝説のリバウンド王
 フィラデルフィア出身のNBAプレーヤー。
 得点王7回、リバウンド王11回、アシスト王1回、シーズンMVP4回、ファイナルMVP1回。
 通算30000得点。
 背番号13はゴールデンステート・ウォリアーズ、フィラデルフィア・76ers、ロサンゼルス・レイカーズの永久欠番となっている。

虚弱な幼少時代
 幼少期は体が弱く肺炎で死にかけた事もあるらしい。

巨人小学生
 10歳で既に183センチもの身長があったらしい。

ノッポの宿命
 バスケは弱虫がするゲームと思っており、少年時代は陸上競技に夢中だった。
 しかし高校時代には身長が211センチにもなり、バスケをする事に。
 すぐさま頭角をあらわし、数々の高校記録を更新し、卒業時には200以上の大学からスカウトが訪れた。

The Big Dipper
 背が高いため、ドアを通る時には体をかがめていた。
 そのため、The Big Dipperと呼ばれるようになる。

誰もゴリアテを愛さない
 その体格から馬鹿にされる事も多く、「誰もゴリアテ(巨人)を愛さない」との言葉を残している。

チート
 身長216cm、体重125kgと当時としては破格の体格。
 走れば100ヤードを10秒台、スタミナも無尽蔵。
 フィンガーロール、フェイダウェイジャンプショット、バンクショットなど、シュートのテクニックも豊富だった。
 フリースローラインから助走なしでダンクができたという話もあるが、さすがにそれは嘘。

伝説のシーズン
 NBA3年目の1961-62シーズンには、通算4029得点、2052リバウンド、平均50.4得点25.7リバウンドという空前絶後の記録を打ち立てる。
 1試合100得点を記録した事も。

連勝記録
 キャリア終盤1971-72シーズンのレイカーズ時代には33連勝という記録も打ち立てている。
 これはアメリカのスポーツ史においても最長記録らしい。

ビル・ラッセル
 チェンバレンの最大のライバルであり、いつも良いところで苦渋を飲まされている。
 プライベートでも仲が良かったが、チェンバレンがベンチに下がった時にラッセルが「逃げ出した」と発言したため、そこから20年間不仲になった。
 だが、チェンバレンの甥によれば、チェンバレンが亡くなったとき、ラッセルはその死を知らされた2人目の人物だったらしい。

引退後
 引退後はバレーボールやモータースポーツ、ボクシングにも挑戦している。
 ビジネスにも才能を発揮し、ナイトクラブを経営したり、馬主にもなっている。

2万人切り
 自伝によれば2万人もの女性と性的関係を持った事があるとか。
 ただ、毎日10人以上を相手にしても五年以上かかるので、信憑性は無い。
 また、生涯独身である。

巨人の宿命
 心臓に持病を抱えており、1999年に睡眠中に心臓発作に襲われ急遽。
 63歳だった。


posted by 偉人マニア at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | バスケットボール選手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする