2015年05月25日

ウィリアム・ジェイムズ・サイディズ

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アメリカ合衆国の数学者。

神童
 幼い頃から神童と呼ばれ、頭が異常に良かった。
 生後6ヶ月でドアと言い、一年で綴り方を覚え、生後18ヶ月にしてニューヨークタイムズを読む。
 2歳でラテン語、3歳でギリシア語を独習したらしい。
 4歳でホメロスやガリア戦記を読みこなし、解剖学に関する学術論文を執筆し、8歳までには8つの言語を習得し様々な言語で本を執筆している。

英才教育
 両親はユダヤ系の移民。父は心理学の教授で、母親は医師。
 ウィリアムは両親から一切の罰を与えられず、0歳からの英才教育によって知識欲を育まれた。

ハーバード大学
 8歳でハーバード大学に願書を出すが、学力は十分にもかかわらず入学を拒否される。
 その後、11歳の時に当時史上最年少で入学。
 16歳で卒業する。

IQ
 計量心理学者であるエイブラハム・スターリングによると、ウィリアムの知能指数は250から300くらいらしい。

没落
 16歳の時にライス大学の数学教授になる。
 しかし、学生達への不満が募り辞職。
 その後、ハーバード大学のロースクールに入学するが、ウィリアムの知性に嫉妬した人々から様々な嫌がらせを受けたりし、精神的に不安定になり、最終的には中退している。
 21歳の時にはメーデーの反徴兵パレードに参加し逮捕。
 両親のおかげで収監は免れるものの、カリフォルニアの別荘に一年間幽閉される。
 それからは殻に閉じこもり、計算機を運用する仕事をしながら切符や雑誌を蒐集する趣味に没頭する生活に。
 そして、そのまま社会に認められる事なく、46歳で亡くなる。


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2013年04月16日

シュリニヴァーサ・ラマヌジャン

インドの魔術師
ラマヌジャンはインドの数学者であり、その閃きの凄さから「インドの魔術師」と呼ばれた。

数学に出会ったせいで…
幼い頃から成績は良く将来も期待されたが、純粋数学要覧という本に出会ってからは数学に没頭しすぎ、大学は中退になってしまった。

ヒンドゥー教徒
バラモン階級の家庭に生まれ、母親からの熱心なヒンドゥー教の宗教教育を受けて育った。
そのため、完全な菜食主義者であり、戦争中は食べられるものが手に入りづらく体を壊した。

9歳と結婚
22歳になっても髭を伸ばし放題で数学に夢中になっているラマヌジャンを心配した母親は9歳の女の子を紹介する。
そして結婚。

恩師ハーディー
イギリスの数学者に自分で考えた公式を手紙にして送るが、インドの事務員からの訳が分からない手紙をまともに読む人はいなかった。
そんな中、ハーディーだけがラマヌジャンの才能を認め、面倒をみてくれた。

海を渡れない
ハーディーからイギリスに招かれるが、海を渡る事は身が穢れるというバラモンの教えから初めは断っていた。

タクシー数
ラマヌジャンの見舞いに来たハーディーが「1729というナンバーのタクシーに乗ってきた。何の特徴もないつまらない数字だよ」と言うと、即座に「そんな事はない。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数だ」と言ったとか。
1729はハーディ・ラマヌジャン数やタクシー数と呼ばれたりする事もある。

証明できないが閃く
天才には違いないのだが、直感的に公式を発見する事が多く、証明の概念が初めはよく分かっていなかったらしい。
夢の中でナマギーリ女神に教えてもらったと言う事もあったとか。

ラマヌジャンの主な功績
「二次のゼータ」の発見や「擬テータ関数」の発見、ロジャース・ラマヌジャン恒等式の再発見などがある。


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2010年11月12日

カルダノ

ルネサンスの万能人
代数学の業績で数学者として有名だが、腸チフスやアレルギー症の発見、痛風と発熱性疾患の治療法の確立など医学者としても業績を残している。
父親は弁護士でダ・ヴィンチの友人だったらしい。

望まれなかった子
母親は彼を中絶するつもりだったが、失敗したためこの世に生まれた。
そのためかカルダノの性格も変わっており、会話は悪口だらけ、ゲームでもインチキをし、友人もほとんどいなかった。

功績を奪う
フォンタナが三次方程式の一般的解法を発見したと聞いて、脅したり付きまとったりした末、秘密厳守のうえで教えてもらったカルダノ。
しかし、カルダノは約束を破り、「大いなる術」という著書のなかで自分の解法として発表。
そして、それはカルダノの解法として伝わった。
フォンタナはブチギレて数学の決闘を挑んだが、カルダノは逃げ回り、フェラーリという若い数学者を「自分の弟子だ」と言って代役にした。
このフェラーリが後に四次方程式の解法を生み出す天才で、フォンタナを打ち負かした。

ギャンブラー
金遣いが荒く、本人は自身を賭博者と考えていた。
数学に関しては天才なので、確率論を駆使したいかさま賭博師だったらしい。
著作の中では歴史上はじめて、賭けの有利不利を確率論的に記している。
しかし、ギャンブルにはあまり勝てていなかったのか、「ギャンブラーにとっては、全くギャンブルをしないことが最大の利益となる。」という言葉も残している。

愚かな子供達
長男はカルダノの妻を毒殺した事で処刑。
娘は売春婦で梅毒によって亡くなる。
次男はカルダノのお金をしょっちゅう盗むろくでなしで、怒ったカルダノに耳を切られた。

占星術
晩年は法王庁で占星術師として暮らしたカルダノ。
年を取っても歯が十五本もあるのは神のおつげだと思い、神を信じる様になったとか。
占星術で自らの死期を予言しており、最後は名声を保つため、その予言した日に自殺したらしい。

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