2013年04月19日

米長 邦雄

われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る


50歳名人
 五十歳で名人という史上最年長記録を持つ棋士。
 永世棋聖でもある。
 棋風は見た目や性格から「さわやか流」と呼ばれていたことも。
 メディアにも登場し、自由奔放な生き方から、一般層にも人気があった。

兄弟の中で一番優秀?
 兄が3人いるが、皆東京大学出身。
 しかし、「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」という言葉がある。
 兄によれば、「馬鹿でないとあんな奴の兄は務まらない」とのこと。

麦長
 仲の良かった升田幸三からは「麦長君」と呼ばれていた。
 しかし、「彼だけは会長にしてはいけない」とも言っている。

オランウータン
 作家の山口瞳からはオランウータンというあだ名を付けられた。

米長哲学
「自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす」という考えを持っていた。


 金があれば将棋に集中できるという理由で、株に熱中していた事がある。
 しかし、「米長流株に勝つ極意」という本まで出版しておきながら、電話だけでお金が儲かるという事に疑問を抱き、止める。

お色気
 42歳の時、鳥取砂丘でのヌード撮影し、週刊誌に掲載した事がある。

スケベ
 自他共に認める性豪。
 千人斬りの目標を立て、ノートにまでつけ、五百人くらいまではいったらしい。
 なんでもっと早くからやらなかったのかと後悔していた。

下ネタ好き
 ツイッターもやっており、「うんこなう」といった下ネタをよくつぶやいていた。
 名人位をとった後は妻に電話し、「帰ったら、オ○ンコしよう」と言ったとか。
 雑誌でチン毛の白髪について語った事もある。

露出狂
 飲むとよく全裸で踊っていたらしい。
 勃起していたという証言もあったりとか…。
 竜王戦で島朗に負けた時は対局場からホテルの大浴場まで、全裸で叫びながら疾走。

放尿
 将棋会館の二階から放尿しようとした事がある。
 周りに止められ、未遂。

浮気はしない?
 週のうち5日は帰ってこない時期もあったが、「私は浮気をした事がない」と言っている。

弟子がライバルと不倫
 弟子の林葉直子は米永のライバルだった中原誠と不倫していた。

子分の恋人を奪う?
 株による財テクで人気の元棋士桐谷広人の婚約者を愛人にしたらしい。
 桐谷はその事が原因か、今なお独身。 

われ敗れたり
 2012年、ニコニコ生放送でコンピューター将棋ソフト、ボンクラーズと対戦した。
 結果は負けに終わったが、当時68歳という高齢。
 また、事前に対策をきちんと練っていた事などから、世間からの評価は高かった。 

エロ過ぎたために?
 前立腺癌を宣告された時、全摘手術を躊躇したことが結果として転移に繋がったとも言われている。
 一度、治った時にはブログで「セックスできました!」と報告している。


posted by 偉人マニア at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋棋士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

小池重明

真剣師
賭け将棋で生計を立てる者を真剣師と呼ぶが、小池重明は「新宿の殺し屋」と言われるほど、真剣師として伝説的な強さだった。

最低な家庭環境
父親は偽の傷痍軍人で街角で物乞いをしており、博打が大好き。
そんな父親から「男なら博打の一つも憶えておけ」と言われ、将棋を教わった。
母親は娼婦。
重明は見張り役で口止め料として、お小遣いを貰っていた。

天才
普段の生活の中で将棋の研究などは一切行わず、対戦相手の対策を練る事をしなかったらしい。
と言うより、そもそも自宅に将棋盤すら置いていなかった。
酒を飲みすぎたため控え室で寝入ってしまい、係員が起こされ寝起きの状態で勝利した事も。
大山康晴との対局に勝利した時も、前日に酔って暴行事件を起こしており、留置所からかけつけた。
ブランク知らずで、二年間将棋の世界を離れたにも関わらず、団鬼六の送り込む刺客を次々と破った。
死の数日前にも、当時アマチュア最強と言われた天野高志を破っている。

プロへの道
プロ棋士になるには師匠が必要。
松田茂行の弟子となるも、同時期にキャバレーの女に夢中になってしまう。
そして、将棋センターの金に手をつけてしまい破門。
大山名人に勝利した後も、特例でプロ入りの道があったが、素行の悪さが問題となりプロ入りは認められなかった。

人妻が大好き
人妻との駆け落ち、なんと三回。
人生が上手くいきかけていた時にかぎって、女性にはまってしまい台無しにする。

借金取りに追われる
賭け将棋は強かったが、あまりに強すぎるため対戦したがる者がいなくなってしまい、金が稼げなくなった。
賞金目当てに将棋大会に出たりもするが、借金取りが待ち構えており、優勝しても全て借金取りに持っていかれてしまう。
借金取りから逃げ回っているうちに免許の更新を忘れ、失効してしまった事もある。

破天荒の行き着く先
40代に入ると、今までの生活がたたって吐血。
重度の肝硬変で入院。
最期は病室のベッドで体に繋がれたチューブを自ら引きちぎって死亡したらしい。


posted by 偉人マニア at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋棋士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

村山聖

村山聖名局譜


病と闘う棋士
5歳の時にネフローゼにかかっていることが発覚。
入院中に父から将棋を教わり、プロを目指す事に。
以後、死ぬまで病と闘うことになる。

怪童丸
村山はその強さも素晴らしかったが、独特の風貌から怪童丸と呼ばれた。
肉丸くんと言われる事も。

異例のスピード
奨励会入会からプロ入りまでかかった期間は、2年11ヶ月。
これは、あの羽生より凄い。
ちなみに羽生との通算成績は6勝7敗。

師弟愛
村山は熱を出す度に、「40度になったら死にます」と言っていた。
しかし、40度を超えていても、師匠の森は「40度になってない。大丈夫や」と答えて村山を安心させていた。
また、村山に頼まれて、師匠が少女漫画を買いにいかされる事もあったらしい。
パンツも洗う事も多かった。
周りからは、どちらが師匠か分からないと言われていた。

不精
村山は髪の毛や爪にも命があり、それを切るのは忍びないという考えから、髪の毛や爪を切ることを極端に嫌がった。
師匠に髪の毛を掴まれながら、散髪屋に連れて行かれた事も。
また、風呂も滅多に入らず、歯も磨かない。
周りから不潔だと言われて、落ち込む事もあったが、師匠の森は「強くなったら誰も言わなくなる」と励ました。

読書家
四畳半の部屋には小説から漫画まで大量の本があった。
特に好きだったのは少女漫画。
しかも、読む分、書棚に飾る分、保存する分と同じ巻を3冊づつ揃えていたため、3000冊も所有していた。
ちなみに、今では村山聖をモデルにした漫画もある。

終盤は村山に聞け
村山の終盤に対する読みには凄まじいものがあった。
内藤邦夫が「詰んどるやろ」と言った対局でも、「詰んでません」と発言した。
内藤は「詰みを発見しようという雰囲気の中で『詰まない』と発言するというのは相当な実力と自信」と賞賛している。

夭折
29歳の時、癌が再発。
1年間休戦し、療養に専念する事に。
しかし、薄れていく意識の中、「……2七銀」と言い残し、この世を去る。

聖の青春
村山聖の人生を描いたノンフィクション。
著者は「将棋世界」の元編集長である大崎善生。


posted by 偉人マニア at 03:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 将棋棋士 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする