2010年11月25日

植村直己

植村直己 (KAWADE夢ムック)


冒険野郎
兵庫県出身の探検家。
世界初の五大陸最高峰登頂者であり、人類史上初の北極点単独行に成功している。
1984年に国民栄誉賞を受賞。

きっかけはやはりこれ
少年時代、小説『孤高の人』のモデルとなった加藤文太郎に憧れて山行を始めたらしい。
   
サラリーマン→アメリカ→フランス
大学卒業後は就職試験に失敗したため、ヨーロッパアルプスの氷河を見ようと考える。
しかし、資金が足りないため、まずはアメリカへ行く事に。だが、不法就労で捕まってしまう。
登山資金を得るために働いていたことを訴え、なんとか強制送還は逃れるのもの、結局、アメリカを離れフランスへと向かう事に。
そして、モルジヌのスキー場でオリンピック滑降金メダリストのジャン・ビュアルネに雇われ、ここで資金を稼ぎながら登山活動の拠点とした。
しかし、スキーは苦手だったらしい。

登ってしまってすみません
24歳の時、ゴジュンバ・カンの登頂に雑用係として参加。
だが、登頂を目前にしてメンバーに怪我人が続出。
すると隊長が植村にアタックを申し出た。
そして、植村は人類史上初ゴジュンバ・カンの登頂に成功。
しかし、戻ってくるなり「自分だけ登ってしまってすみません」と謝った。
それ以来、単独への冒険にこだわる様になった。

アマゾン
単独でアマゾン河6000kmを筏で下ってもいる。
その時、ピラニアの刺身を食べていたらしいが、先住民としては生魚を食べる姿に驚いたらしい。

謙虚
エベレスト登頂の際、山頂まであと数メートルという所で同行していた松浦輝男に先を譲ろうとしている。
しかし、松浦も従わず、結局二人は肩を組んで同時に日本人初のエベレスト登頂という快挙を果たした。

カメラより石
エベレスト登頂の際、カメラより山頂の石をみんなに見せた方がいいと考え、石を持ち帰るためにNHKから渡されていた最新型のビデオカメラを山頂に置いていった。
その際、「カメラからテープを抜こうとして、手が滑ってネパール側に落としてしまった」という言い訳まで考えていたらしい。

引き出物
野崎公子と結婚しているが、結婚式の引き出物は五大陸最高峰の石を磨いて焼き上げた湯のみだったらしい。

将来の夢
将来の夢はホームレスと答えた事がある。
ホームレス姿を写真に撮ってもらったりもしている。

三歩進んで二歩下がる
犬ぞりによる北極点到達挑戦の際には、自分の犬ぞりが走り去る場面を撮影した後、引き返してきてカメラとフィルムを回収している。

消息を絶つ
43歳の誕生日にマッキンリー世界初の厳冬期単独登頂を果たしたが、翌日以降、連絡が取れなくなり、消息不明となった。
現在でもまだ遺体は発見されていない。
このため、最後に植村の消息が確認された1984年2月13日が植村の命日とされている。

ナヌタック・ウエムラ峰
グリーンランド縦断の際の到達点であったヌナタック峰は、植村の功績を称えヌナタック・ウエムラ峰と呼称することがデンマーク政府によって決定された。

植村味噌
赤味噌に同量の野菜を混ぜて一日ほど寝かせたもの。
植村直己が探検によく持参していたため、植村味噌と呼ばれている。
ご飯によく合う。

本当は直巳
祖父の直助から「直」の一字をもらい、生まれた年の干支にちなんで「巳」をとって「直巳」と名付けられた。
しかし、役場に届けた際に戸籍係が「直己」と記載したため、戸籍上は「直己」となってしまったらしい。
本人も「ヘビ」よりは「おのれ」の方が良いと、大学時代から「直己」と書くようになった。

ゴルゴと同じ
冒険家になりたいという人に対して、「臆病者」になる事が大事と答えている。

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2010年10月27日

コロンブス

しゃかりきコロンブス
地球球体説を信じ、ひたすら西へと進めばインドに到着すると考えていたコロンブス。
しかし、航海の資金を得るために王室に話を持ちかけても相手にしてもらえず、出発までに六年もかかった。
また、コロンブスの航海には90人の船員が乗り込んでいたが、冒険に同行する事を条件に刑を猶予してもらえる犯罪者もいた。
当然、トラブルの連続。
かじを壊されたり、暴動が起きたり、不安で泣き出す船員もいた。
そんな中、コロンブスは飴と鞭をたくみに使い分け、彼らの士気と保った。
そして、アメリカ海域に到達。

勘違い
コロンブスは発見した島を死ぬまで東インドの一部と思っていた。
そして、原住民をインディアンと呼んだ。
現在からすると笑い話かもしれませんが、当時のヨーロッパの人はアメリカ大陸の存在なんて知らなかったのですから、無理もありません。

航海と後悔
一回目の航海はアメリカをアジアだと勘違いはしているものの、帰国後は熱烈な歓迎を受け、英雄扱いされたコロンブス。
翌年、今度は1500もの人数を引き連れて二度目の航海に出発。
今回もいくつもの島を発見した。
しかし、黄金や香辛料は見つからず、現地の植民地経営も上手くいかなく、結果としては失敗に終わる。
三度目の航海でコロンブスはついにアメリカ大陸に到達。
現在のベネズエラを発見した。
しかし、イスパニョーラでロルダンが反乱したため、コロンブスは逮捕され、首輪をつけたまま強制送還させられた。
四回目の航海時にはコロンブスはすっかり信頼も失っており、ボロボロの船で出発した。
アメリカ大陸があるので、当然、インドへの航路は発見できず、結局、パナマ辺りをウロウロしただけに終わった。

発見?
アメリカ大陸を「発見」したと言われているが、元々現地に住んでいた人達からすれば失礼な言い方かもしれない。
また、ヨーロッパによる侵略という事実もあり、コロンブスをよく思わない人もたくさん存在する。

横取り
コロンブスの方が先にアメリカ大陸を発見したのだが、インドだと勘違いしていたコロンブスより、アメリゴ・ベスプッチの方が明確に新大陸だと主張していたため、大陸は彼の名前からアメリカとなった。
ちなみに、コロンビアはコロンブスの名前に由来している。

梅毒
梅毒はコロンブスの探検隊がヨーロッパに持ち込んだという説がある。

posted by 偉人マニア at 06:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 探検家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする