2011年01月16日

ジェシー・リバモア

伝説の投機王
アメリカのカリスマ投機家。
ウォール街のグレートベアなんて呼ばれる事もあるが、基本的には短期売買で順張りを中心とした投資スタイル。

元は貧しい農家の子
マサチューセッツの貧しい農家の息子として生まれたリバモア。
貧困を嫌って昔から金持ちになる野望はあったらしい。
そして、15歳の時に家を出て、週休数ドルでチョークボーイという株価の動きを記録する仕事についた。
この時の経験が株の世界に興味を抱かせ、また価格変化について自分なりの予想をたてるキッカケにもなった。

稼ぎすぎて出禁
はじめは合百という市場外で賭博の様な株取引を行う店を利用していた。
その時から才能を発揮し、周りからはワンダーボーイと呼ばれたらしい。
しかし、あまりに稼ぎすぎたため、多くの合百から出入り禁止の処分となる。

不死鳥
儲ける時は凄かったが、失敗する時も凄かった。
四度も破産を経験している。
ただ、人間的にも魅力があったためか、多くのブローカーや債権者から破産免責されたりもしている。

金では買えないもの
息子は二人いるが離婚により元妻のもとに。
しかし、元妻が息子をピストルで撃ったりとトラブルは絶えなかった。
息子も父であるリバモアが大好きで、母親を恨んでいたとか。

失敗
最後は「自分の人生は失敗だった」との遺書を残し、ピストル自殺している。
その頃は特にお金には困っていなかった。


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2010年11月19日

ヘティ・グリーン

ウォール街の魔女
本名はヘンリエッタ・ハウランド・ロビンソン・グリーン。
ウォール街の魔女と呼ばれる投資家で、19世紀末、女性では世界一の金持ちだったと言われている。
資産は、約1億2000万ドル。
しかし、ギネスブックが公認した世界一のケチという一面も持っている。

金持ちがさらに金持ちに
1835年、富豪のクェイカー教徒の夫婦の一人娘と生まれた。
幼い時から新聞の経済欄を読まされ、父親が金を取り立てるのに喜んでついて行くような子供だったらしい。
そして、両親が亡くなると、100万ドルの遺産と400万ドルの信託財産がヘティに残された。
それだけでも一生暮らせるお金ですが、南北戦争が始まるとそのお金で二束三文のアメリカ公債を買い捲った。
南軍が勝てば、アメリカ公債は紙くずの可能性もあったのだが、結果、大勝利。
ここから相場師としての才能を発揮していくことに。

富豪の朝ごはん
ヘティの朝食は、冷たいオートミール。
燃料代を節約するため、温めずに食べていたらしい。

富豪の服装
腰には何百もの鍵の束をつけ、擦り切れた黒のドレスをいつも着ていたらしい。
しかも、水をケチって、服は一番下に着るものしか洗わないので、匂いも酷かった。
冬は男物の下着は新聞紙を服の中に詰めたりもしていた。

税金を払わない
少しでも税金を払わなくてすむように税金の安いヴァーモント州に住民票を置いていた。
そして、偽名を使い安アパートを転々としていた。

私のものは私のもの
フィリピン貿易で財を成した大金持ちエドワード・グリーンと結婚。
しかし、結婚の条件は、それぞれの財産を別管理する事だった。
後に、エドワードは、投資に失敗して破産するが、へティは無傷。
そして、離婚。

病院代をケチる
ヘティには、ネッドとシルヴィアという二人の子供がいた。
ある日、ネッドの膝が脱臼してしまい、ネッドは泣きながら病院に連れて行ってくれ、とお願いをする。
ヘティはネッドの脱臼を自分で直そうと努力するが、そんな事で治る訳もなく、ついに医者に連れて行く決心をする。
しかし、連れて行ったのは無料診療所。
医者にネッドの足を見せるも既に手遅れ。
ネッドの足は切断する事になった。
さすがにヘティもこの件について反省したのかネッドを甘やかす様になり、その後、ネッドは贅沢の限りをつくした人生を送る。

ヘルニアごときで
ヘルニアになるが手術代の150ドルを払いたくないため、我慢していた。

憤死
友人宅のパーティーに招かれたヘティ。
女主人はヘティのためを思って豪華な食事を用意したのだが、贅沢を許さないヘティはブチギレ。
そして怒りすぎたため血管が切れ、そのまま亡くなった。

posted by 偉人マニア at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 投資家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする