2015年06月21日

エドウィン・バレロ

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ベネズエラのプロボクサー。
世界2階級制覇(WBC世界ライト級王者、WBA世界スーパーフェザー級王者)

薬中ボクサー
 12歳からボクシングを始めているが、同時期にコカインなどのドラッグにも手を出し始める。
 そして、学校も中退。
 しかし、ボクシングは強くアマチュア時代は86勝(57KO)6敗。

バイク事故
 19歳の時、バイク事故を起こしている。
 ノーヘルメットだったため頭蓋骨骨折。
 その後、二十歳でボクシングプロデビューするも、バイク事故の後遺症が発見されアメリカでのライセンスを停止させられた。

日本へ
 アメリカで試合が出来なくなると、帝拳の本田明彦会長の目にとまり、来日。
 以来、2009年にテキサスでのライセンスを取得するまで日本を主戦場とする。

3分で100万円
 あまりの強さに対戦相手を探すのが困難になり、阪東ヒーローとの対戦では「1ラウンド持ちこたえられたら賞金100万円」という賞金マッチになった。
 そして、1ラウンドでKO。

パーフェクトレコード
 プロボクシングの戦歴としては27戦27勝(27KO)無敗。
 しかも、プロデビューからの18戦は全て初回KO勝ち。

DV疑惑
 2010年にバレロの妻が肺の破裂と肋骨の骨折により病院に担ぎ込まれる。
 バレロは暴行容疑で逮捕されるが、妻は階段から落ちたとバレロの暴行を否定。
 母親も同じ主張をした事で逮捕は免れた。
 この他にも左足を拳銃で撃たれたり、妻は日常的に暴力を受けていたらしい。

中毒
 2010年に薬物中毒とアルコール中毒を治療するため、精神病院で半年間のリハビリ生活をする。

殺人と自殺
 2010年4月18日、滞在中のホテルにて、ホテルの警備員に妻を殺したと告げる。
 駆け付けた警官によりバレロは逮捕されるが、翌日、警察署内の独房で自殺。
 28歳だった。



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2015年06月20日

GGアリン


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アメリカのパンクロッカー。
過激なパフォーマンスで有名になり、ロック史上最も見事な変質者と評される。

お告げ
 生まれる時、父親の下に天使が訪れて、新しく生まれる息子は救世主のような偉大な人物になることを告げたらしい。
 そのため、ジーザス・クライスト・アリンと名付けられる。
 だが、父親は情緒不安定でちょっとおかしい人だったらしい。
 後に、イジメを心配した母親によってケビン・マイケル・アリンと改名させられる。

不適応
 中学の頃からドラッグや盗みなどの犯罪だけでなく、女装で登校などやりたい放題やってきた。
 そのため、環境不適応として特別教室に。

初期は普通
 バンドを始めた当初はドラムを担当する事もあった。
 スタンダードなパンクロックで、サウンドもポップ。

ステージパフォーマンス
 裸になるのは当たり前、ライブ前に緩下剤を飲み排泄する事も当たり前。
 ビール瓶やガラスで自分の体を切り刻む。
 ライブハウスは毎回、血と糞尿で地獄絵図と化す。
 何度も暴行や公然わいせつで捕まったりしている。

自家製タトゥー
 体のあちこちに自分でタトゥーを入れている。
 もちろん、下手くそ。

自殺予告
 何度も自殺予告をしている。
 しかし、たまたまその日時に刑務所にいたため実行にはうつされていない。

シリアルキラー
 シリアルキラーに興味があり、殺人ピエロの異名を持つジョン・ウェイン・ゲーシーに獄中まで何度も訪ねていた。
 ゲーシーはアリンの肖像を描いている。

OD
 1993年にヘロインのオーバードースによって亡くなる。
 36歳だった。

葬式
 葬式では黒のレザージャケットと、トレードマークだったジョックストラップが着せられた。
 葬儀屋が体を洗う事を兄が拒んだため、悪臭が酷かったが、友人たちは死体とポーズをとったり、ペニスの写真を撮ったりした。
 この葬式の様子はビデオなどに収録されている。


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2015年06月19日

ケビン・カーター

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南アフリカの報道写真家。

ハゲワシと少女
 1994年にハゲワシが餓死寸前でうずくまっている少女を狙っている『ハゲワシと少女』という写真でピューリッツァー賞を受賞。
 写真はスーダンの飢餓を訴えたものだったが、ニューヨーク・タイムズに掲載されると「なぜ少女を助けなかったのか」という批判が数多く寄せられた。
 実際には、母親が少女のすぐ傍にいたため特に少女がハゲワシに狙われていたという訳でもなく、カーターがハゲワシを追い払うと少女は立ち上がり歩き出したらしい。

自殺
 ピューリッツァー賞を受賞してから一か月後、車の中で排気ガスを使って自殺。
 ハゲワシと少女に対する批判が原因と思われがちだが、元々自殺未遂の経験もあったし、ドラッグにも溺れ、仕事でミスを重ねて鬱状態だったらしい。

バン・バン・クラブ
 南アフリカで過激な取材をくりかえしているうちに、仲間たちとバンバンクラブと呼ばれるようになった。
 彼らは戦場でのストレスからマリファナなどを常習的に吸っていた。
 後に映画化もされている。



posted by 偉人マニア at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャーナリスト・写真家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする